大衆食堂に、食欲の命ずるまま、私はつい通ってしまう。ああ、自分の肉体ながら、この舌が、この胃袋が、うとましい。カキ揚げ定食に(カント全集にではなく)よだれを流し、サバ煮定食なっとう付きに(『酉陽雑俎』別巻索引付きにではなく)舌つづみを打つ。ああ、うまい、ああ、情けない。
ここに記すのは、私の憎悪日記である。負の『東方見聞録』であり、負の『大唐西域記』である。不幸な時代に生まれ、大衆食堂へ通うように流竄された私の『死の家の記録』である。私は、大衆食堂へ通ううちに、そこで、大衆の実像を見たのである。(本書「大衆食堂の人々」序文より)
|著者|呉智英
|出版|史輝出版
|出版年|1989年
|サイズ|188mm×130mm
|状態|全体に細かなキズ・ヨゴレ・スレ、天にヨゴレなど、経年による劣化がありますが、大きなダメージはなく、状態は状態へ概ね良好です。帯付き。