迂闊に開かないでください。でも、見ていただきたいので覚悟して開いてください。ひとりの人間が最期に至るまでの様子をこれほどまで克明に記録した本はなかなかありません。決して他人事じゃないので緊張もします。原題『Gramp』。人生と、これからを見つめるすばらしい一冊。尊厳とは。生き切るとは。
・
はじめに
1974年2月11日、81歳のフランク・トゥゲンドは、ある決意を明らかにした。思考力はすでにおぼつかない状態になっていたものの、身体の方はまだしっかりしていた彼は、自分の入れ歯をはずすとこう言った。「これから、わしは、もう何も食べないし、何も飲まないつもりだ。」と。
そして、その日から三週間後に、彼は死んだ。
彼の死によって、三年間の苦難ーーつまり、それが三年間の記録でもあるわけだが一ーは終りを告げた。それは、少しずつではあるが、ついにはすべてが朽ちてゆく人間の姿であった。私たちは、彼の老いてゆくさまーーどのようにして動脈硬化というのろわしい病気が進んでいったのかを、カメラとテープレコーダーに収めた。現実の生活の中では、大きな見晴し窓の前に平気で裸で立ったり、冷蔵庫に大きな赤いウサギが住んでいると思い込み、それと対話をしたり、自分でうまく用を足せなくなったりということが起きてくる。しかもそれは、決して珍しいことではない。アメリカでは現在、300万以上の家族が、こうした問題を抱えているのである。
私たちも、そうした家族のひとつであった。なぜなら、フランク・トゥゲンドは、私たちの祖父だったからだ。祖父の死にいたるまでの最後の三年間、彼と彼をとりまく家族の体験を記録する一方で、私たちはまた、ある決断にも迫られていた。それは、彼を病院に入れ、点滴で生命をつなぐか、それとも在宅でケアをするかということだった。しかし、彼自身が死にたいと望んでいることをはっきり知らされた私たちは、彼の人間としての尊厳を傷つけずに家で死なせる方を選択した。
以前、うちにはしょっちゅう人が出入りしてにぎやかだったが、祖父の“頭がおかしくなった”ということが、近所の人々にはっきり知れわたった最後の数カ月の間は、訪れる人も四、五人という有様だった。けれどもそのおかげで、私たち家族は祖父についてもお互いについても知り合うチャンスに恵まれた。そして、私たちひとりひとりが、自分自身についてより深く知ることができたのである。
マーク・ジュリー
ダン・ジュリー
1974年、イースターの日曜日に
|著者|マーク・ジュリー(写真・文)ダン・ジュリー(写真)重兼裕子(訳)
|発行|春秋社
|発行年|1990年
|サイズ|約214×206mm
|状態|表紙に日焼け、細かなキズ、ノド割れ。ページの状態は良好です。